「制約」について考えたこと。(前編)

これまで何度かブログにも書いてきたように、私は人間が寄って立つ背景(コンテクスト)によって思考の制約を受けていること、そして、歴史を知ることで選択肢を増やし現状の制約(の一部)から抜け出す方法について興味があります。

ですが・・・最近読んだ論文で、ハッとさせられるものがありました。

「制約」の観点からデザイン活動を俯瞰し,思考の要素と過程を示すことは,他者やデザイナー自身がそれを理解し,分析し,洗練することに対して一定の 効果があると期待される.ひいては,幅広い分野のデザイン実践 の効率化,高品質デザインの創出につながることが期待できよう.制約には創造を推進する側面がある.そもそもユーザーなどが 行動や思考,心理に何らかの制約を受けているからこそ,それを 回避する事物を創造する必要や意義が生じる.制約は創造の起点を成すとともにデザイン結果を正しい結論へ導く材料にもなる. 

前川正実 2014「2種類の「制約」の観点に基づくデザイン思考過程モデル」『日本デザイン学会研究発表大会概要集61』日本デザイン学会  https://doi.org/10.11247/jssd.61.0_122

言われてみればその通りだと思うのですが、私もデザイナーなので、そういえば普段の仕事では与えられた制約の中でできるだけ高品質なものを創出しようと挑んでいるのでした。

チラシのデザインひとつ取っても各種の制約の中で製作されています(デザイン:金田2016):クリックすると大きくなります

デザイン上の制約とは何かといえば、例えばチラシであれば紙のサイズであったり、伝えたい対象であったり、その情報量であったり……色々あるわけですが、それによって表現方法が変わります。というか、それに合った表現方法を模索します。イギリスの作家、G・K・チェスタトンは、「芸術は制約の中にある。絵画において最も美しい部分は枠だ。」とまで言い切っています。

制約が全くない状態の人はいないと思いますが、意図的な方向付けがない状態で新しいものを生み出そうとしたらどうでしょう?0を1にできる人……それは、並外れた創造性を有する人と言えそうです。

制約には少なくとも2種類の指向があるのだなと思いました。

一つは、ネガティブな思い込みなど、心を縛ってしまうもの。もう一つは、スポーツのルールなど、それがあることで創造力を高めるもの。

私には目から鱗でした。

制約とは思考を縛るもの、言うなれば悪だと思い込んでいたからです。皮肉にも、自分の思考の囚われに気づいた瞬間でした。

(後編へ続く)

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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