縄文時代はリア充だった、のか。

先日、長男・夫・私の三人で釣りに出かけ、帰りの車内でテキトーな話をしていました。その流れで、ハッと思いついたことを口にしました。

私「どうして縄文時代には平面の絵がないんだろうね?」

長男「さあ、なんでだろ。ほんとにないの?」

私「ないんじゃない?あったとしても少ない。知らないだけかな」

夫「線刻だったらなんだっけあの、岩偶…」

私「あれだ、上黒岩(岩陰遺跡:愛媛県)のだ。でも、あの線刻は絵と言えるかなあ。立体を表現する一部なのでは?」

長男「縄文土器はあんなに豪華なのに」

私「立体ではすごい表現するよねえ。土偶もね」

夫「描くっていう行為よりも、粘土を造形する方に長けてるんじゃない」

桜ヶ丘遺跡(兵庫県)の1号銅鐸に描かれた絵画
(イラスト:金田)

私「弥生時代になると、線刻絵画が増えるよね。土器にも、銅鐸にも。でもそのものを写し取るような表現じゃなくて、デフォルメしたものなんだよねえ」

長男「あー、船とか鹿とかのやつ?」

唐古・鍵遺跡(奈良県)の土器に描かれた絵画(イラスト:金田)

夫「楼閣とか、鳥装の人とかもあるね」

私「弥生はどうして線画なんだろう・・・」

長男「他の国ではどうなん」

夫「ラスコーの洞窟壁画とか?」

私「あれは絵だよね、どちらかというと写し取ったもの寄りの」

夫「古墳時代になったら装飾古墳出てきたり・・・高松塚古墳(奈良県)とかもあるし、絵を描いてるよね」

私「あー、そうだねえ」

夫「あれは大陸からの影響で成立してるから、それ以降は平面での写し取った絵的な表現があるよね、奈良時代もさ」

日笠フシンダ遺跡(奈良県)の絵馬
(イラスト:金田)

私「あー、絵画木簡とか……日笠フシンダ遺跡(奈良県)の絵馬とかね。それにしても不思議だ。見たままを描く絵の方が、デフォルメした絵よりも簡単そうに思うのに、そうでもないんだなあ。縄文はそもそも具象的な絵がないし(無知なだけかもw)」

夫「ああ、四男(保育園児)の成長過程見てると、線画から徐々に見たままを描く方向に行ってるよね」

私「子どもはそうだけどさあ、大人もそういうものなのかなあ」

夫「じゃあ縄文は二次元じゃなく三次元が得意だったんだ」

私「確かに土偶も土器も粘土の造形だから三次元だけど、粘土で表現するとかしかなかったってこと?絵を描いて表現するという発想がないの?それとも、葉っぱとか動物の皮とか、腐って消えちゃう系のものに絵を描いてたとか??」

夫「うーん」

長男も私も、立体(三次元)を作るよりも、絵(二次元)を描く方が好きなので、不思議な気がするねえと話していました。

が、長男が一言「立体の方がはじめかも。絵を描くのはある程度知識が必要じゃないかな」

すると、

夫「わかった!縄文時代はリア充なんだ!」

私・長男「ヘッ?」

私「なんで?」

長男「わかった、そうだリア充だ!」

私「わかんない。は?リア充?」

夫「だって三次元だから」

長男「二次元に縁ないし!」

二次元に縁がない。

あーーーーーーそうか、縄文時代はリア充か。

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追記:・・・という話を友人にしたら、「フィギュアオタもいるから三次元=リア充じゃないよね」と突っ込まれました。はい論破。終了。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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