人を支えているものは。(後編)

私はワークショップで体感した劇的な変化に驚き、体の地図を正しく知ることに興味がわいてきました。そこで、ちょうどベストセラーになっていた本に「どんなに体が硬い人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法」というのがあったので、買ってみました。こちらは、毎日継続してストレッチをして4週間で開脚できるようになるというものです。すると、始めて3日で、さまざまなことが腑に落ちました。ストレッチをすると、普段伸ばさない部分なので、痛みを感じます。この痛みから逃げてやめてしまうと、体は固まったままです。しかし、しっかり向き合って継続すると、確実に伸びて開脚前屈ができるようになっていきます。この体の痛みは、人生でいうならば「失敗した」と感じる時に似ています。失敗したことを恥じ二度と挑戦せずにいると、それ以上は進めません。逆に失敗を恐れてよけい固まるかもしれません。ですが、「失敗」は目的達成までのストレッチの痛さのようなものだとわかりました。失敗は恥ずかし場合もあるし、心が痛いこともあるけれども、痛いと感じることは、目的に向かってすこしづつ伸びている証拠だでもあると思い、継続が楽しみになりました。

こうした経験から、私はある時気が付きました。

そういえば考古学は、人間の営みの「骨」にあたる考古資料の繋がり方を、より正しく知ろうとする学問であると。生きている間、人を支えている骨。そして死後も、人が存在していたことを示す骨。筋肉や有機物は腐り消えてしまう場合が多いものですが、土器や石器などの遺物、骨(土壌の成分にもよりますが)などの考古資料は残りやすいものだといえます。考古資料はそれら自身では何も語りませんが、そういう面もまた、人体でいうところの骨と共通しているような気がします。

言うなれば、考古資料は人間の営みの「骨」であり、その繋がり方をより正しく知ろうということを意識して生活することで、平和(人体でいうならば健康)を希求することができるのではないかというのが私の持論です。

このことがあってから、私は考古学の研究手法を日常に活かすことで、個人の自己肯定感を高め、他者との差違を尊ぶことが可能になると考えるようになりました。今は、それを伝えられる人になりたいと思い、デザイン活動をしています。

人を支えているもの。それは・・・「骨」なのです。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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