落語と考古学

先日、縁あって立川談春さんの独演会を拝聴させていただく機会がありました。

談春さんは、今一番席(チケット)が取りにくいと言われている噺家さんです。

その談春さんが高座に登場したとき、会場には大拍手がわき起こりました。観客の、噺家さんへの期待の大きさが感じられた瞬間でした。

談春さんは、まず自己紹介から会場周辺の雰囲気、来場した観客への感謝などについて、笑いを交えながら話されました。それによって、会場内の空気がほぐされていくのがわかります。

“落語なんて、役に立たないんですよ。でも、こんなに聞きに来てくださる人が…今日は入りが悪いけどね”という話で笑わせた後、

“落語というのにはいろんな噺がありますが、必ずその中に自分に当てはまるというものがあるんですね。知っていれば生きていくのがちょっと楽になる、そういうものなんです”という内容のお話をされました。

驚きました。

それは、私が常々考えている、考古学への思いと共通することだったからです。

私は、様々な時代の社会通念や正しさの違いなどを知ることは、ものの見方や考え方の選択肢を増やし、多様性を受け入れ、心の縛りを解くことができると考えデザイン活動をしています。

言われてみると、落語もそうなのですね。人の営みの喜怒哀楽がふんだんに盛り込まれたお噺には、個性的な人物が次々と登場し、笑いあり涙ありの人情豊かな駆け引きが展開します。どの人物も魅力的で、善い悪いを超えた人間の面白さを迫真の演技で伝えてくれます。

私が今回聴いたお噺は、「紙入れ」「棒鱈」そして「芝浜」でした。

特に「芝浜」の後半部分は鬼気迫るものがあり、胸が揺さぶられて落涙しました。名人芸とはこういうものかと鳥肌が立つほどでした。

談春さんの圧倒的な表現力に惹きこまれ、一気にファンに。もっともっと落語を聴いてみたくなりました。

考古学と落語の共通性、感じていただけましたでしょうか?

人の心を動かす研究や芸に打ち込む人がいらっしゃること。
そして、“知っていれば生きていくのがちょっと楽になる”こと。

そういうところに深い魅力を感じます。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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