過ぎ去ってからわかること

中学1年生の時、国語の先生が担任になりました。

始業式に「継続は力なり」という話をされました。
そして出た宿題が、200字筆記。毎日毎日、200字分だけ原稿用紙に教科書を書き写すというものでした。

特に内容に意味がある場所で切れる訳でもない、200字分だけを書き写す課題。それは私にとってとても苦痛でした。目標があるわけでもなく、意味があると思えなかったからです。

今すぐに意味がわからなくていい、と先生は言われました。納得がいかないままでしたが、しぶしぶ一年間続けました。結果、一日も休むことはありませんでした。

話が飛びます。
考古学というと、文字がない時代の研究を想像しがちですが、違います。
人間の歴史をモノから復元するということは、現在の自分たちの暮らしも含まれます。自分たちの暮らしは、未来の人々の目にはどう映るのか。

そのことを考えている中で、200字筆記の宿題を思い出しました。

今になって思うのです。

継続というのは本当に難しいと。特に私は飽きっぽいです。
だからこそなおさら、1年間だけでも、あることを継続したという経験は確かに私の力になりました。

また、意味があるかないかを決めるのは今の自分だけではないということ。過ぎ去ってからわかることもあるということを知りました。大きい話をすれば、今生きて行動していることが、どのような意味を持っていたのかを見出すのは次の世代の人々でしょう。またそれは、必ずしも自分が思っていた意味とは違うものになっているのかもしれません。そこが歴史を学ぶことの面白さの一つではないでしょうか。

200字筆記の宿題を出した先生からいただいたものは、今も私を支え続けています。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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