遺跡に行って考古学Vol.15 芝丸山古墳

アーケオスケールは、奈良住まいの金田と東京住まいの多田の2名で運営しています。普段はメールや電話、スカイプなどで話し合いをして物事を決めていますが、2〜3ヶ月に一度くらいどちらかがどちらかの元を訪ねて、顔を合わせて打ち合わせしています。
先日、金田が東京に取材に来たので、ここぞとばかりに二人で「遺跡に行って考古学」してきました。

訪れたのは東京都港区芝公園内にある、芝丸山古墳。都心で観光を兼ねて気軽に見られる古墳の代表格ですが、金田はもちろん私も見たことがなかったので、墳活してきました。
待ち合わせは地下鉄芝公園駅。地上に出るなり目の前にそびえる東京タワー!

真っ青な空に映える東京タワーに感動しきりの金田を激写

日差しが暖かく、絶好の墳活日和。芝公園に入ると喧騒が遠のき、鳥の声が聞こえてきます。梅林を抜けて、古墳へと続く階段を登ります。

後で知ったのですが、この階段脇の古墳の東南斜面には
縄文時代後期の貝塚も見つかっているそうです

階段を登り切ると広場に出ます。ここで墳丘全体を見渡すことができます。どちらからともなく呟く「思ってたよりも大きい…」そう。芝丸山古墳は全長106mほどの前方後円墳で、都内でも屈指の規模を誇るんです。
前方部へと登る階段の登り口に石碑と案内看板が立っています。

出土遺物がないことから年代には諸説あるようですが、5世紀中頃に相模から南武蔵をおさえていた首長墓とされています。武蔵国の主権はこの東京湾に面する台地上から多摩川流域へ、そして埼玉県の埼玉古墳群へと移っていったと考えられています。

墳丘全体のパノラマ写真。半分から左が前方部、右が後円部です

くびれ部には江戸時代初期に建立されたとされる円山随身稲荷大明神が鎮座しており、その境内にも「丸山古跡」の石碑がありました。増上寺の裏鬼門にあたり、山内鎮守の重要な位置を占めているのだそうです。

前方部へと階段を登ります。
さすが都内最大級だけあり、墳丘上も広々としています。普段、古墳に登っても人に会うことは少ないですが、都心の古墳は人口密度が高いのか、意外にも人が多くちょっと戸惑う私たち(笑)。

前方部から後円部を望みます。墳丘に人の姿があるだけで驚きました
削平された後円部は広場として整備され、円形のテラスにベンチが配されています
伊能忠敬の石碑もたっていました。日本全国の測量に、この大門から出発したそうです。

近隣には7世紀ごろの円墳群があったといい、出土品は明治大学考古学博物館に収蔵されているとのこと。今度チェックしにいってみたいと思います。

北側から後円部を見上げる

後円部側の階段から墳丘を降ります。登りと違い、一気に下るので、高低差がよくわかります。下からしばらく眺めていたら、振り向きざまに斜面の写真を撮る人が意外と多いことに気がつきました。
「まさかみんな古墳探訪者なの?」
「みんな段築を撮っているの(しかも結構良いカメラ)?」
「そんなに人気なの?」 
石室の中にまで入れるのに訪れる人はほとんどいないような田舎の古墳との差に、なんだかフクザツな気分になりました。やっぱりここは港区…。都会です。

古墳探訪後は東京タワーに登ってみました。
おのぼりさん丸出しコースですって? いえいえ、芝丸山古墳を上からも観察するためです。

真ん中右の木が生い茂っているところが芝丸山古墳です。高いところからだと海の近さもよくわかります。かつての首長さん、こんな大都会に眠ることになるとは思っていなかったでしょうね。

【おまけ情報】
古墳探訪の前後にオススメなのが「FAITH COFFEE COMPANY」。たまたま見つけたカフェでしたが、いわゆるサードウェーブ・コーヒーというのでしょうか。豆にこだわり、丁寧に自家焙煎したコーヒーが味わえます。しかもリーズナブルなお値段なので、デイリーユースしている様子の近隣のビジネスパーソンが引っ切りなしに訪れていました。

大都会の真ん中で、オシャレ古墳探訪もたまにはいいものです。

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多田みのり
旅と歴史のライター、奈良市観光大使 大学・大学院で考古学、歴史地理学を学び、一般企業に就職。その後、一般の方にわかりやすく考古学の成果を紹介することで、自由に歴史を語り、想像する人が増えてほしいとの思いから、歴史ライターに転職。雑誌やウェブでの取材、執筆、編集のほか、小中学校でのワークショップや講演などを行なう。

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