遺跡に行って考古学Vol.16(番外編) 愛宕神社の出世の階段

芝丸山古墳と東京タワーに続いて向かったのは、愛宕神社の「出世の階段」です。遺跡ではないですが、アーケオスケールと私たちを応援してくださる皆様の出世を願って、新年早々駆け上ってみるべし!と思い訪ねてきましたので、ご報告いたします。

東京タワーからは歩いて10分ちょっと。
テレビでは見ていたものの、目の前にすると「こりゃすごいね…」。

この愛宕神社がある愛宕山は洪積層の丘陵地で、標高は約26メートル。実は東京23区で一番高い山なんです。江戸時代には見晴らしの名所として多くの見物客で賑わいました。東京湾や房総半島まで見ることができたといいますから、江戸のビュースポットだったわけですね。

正面の急階段が「出世の階段」です。講談の演目で知られる『寛永三馬術』の中に出てくる曲垣平九郎(まがきへいくろう)の故事にちなみます。

三代将軍家光公が、愛宕山に咲く梅の花を馬で取って来るよう家臣に命じますが、誰もこの急階段を馬で登ろうというものはいません。不甲斐ない家臣たちに家光公の怒りがバクハツする直前、馬で登り始めた者がいました。それが四国丸亀藩の家臣の曲垣平九郎でした。平九郎は見事、山頂の梅の枝を手折り、また馬で石段を降り、家光に梅を献上しました。平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられております。

愛宕神社ホームページより抜粋

なんでも「出世の階段」は途中で止まっても、振り返ってもいけないのだとか…。ならば「出世の階段」を駆け上るぞ!と気合を入れていざ出陣!

えー結論から申しますと、「出世の階段」を駆け上るのは非常に難しいです。ですので、「出世の階段」を一歩一歩確実に、止まることなく上り詰めて参りました。すみません、心臓破けるかと思いました。。。

皆様と共に、アーケオスケールは一歩ずつ着実に進んでいきたいと思います。以上、遺跡に行って考古学(番外編)でした!

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多田みのり
旅と歴史のライター、奈良市観光大使 大学・大学院で考古学、歴史地理学を学び、一般企業に就職。その後、一般の方にわかりやすく考古学の成果を紹介することで、自由に歴史を語り、想像する人が増えてほしいとの思いから、歴史ライターに転職。雑誌やウェブでの取材、執筆、編集のほか、小中学校でのワークショップや講演などを行なう。

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