遺跡に行って考古学Vol.17 太安萬侶墓

奈良市の市街地から東方にあたる田原地区は、大和高原のお茶の生産として有名です。
その田原のお茶畑農家さんと仕事の打ち合わせがあり、久しぶりに太安萬侶墓を訪ねてみました。

太安萬侶は、奈良時代に古事記を編集したといわれている方ですが、そのお墓が見つかったのは偶然のことだったそうです。お茶畑農家の竹西英夫さんが、お茶畑の改修中、足場がボコッと凹み、中から炭が出てきたのを見つけ、これは一体なんだろうか…と各方面に問い合わせられたことから、奈良県立橿原考古学研究所が調査に携わり、銅板の墓誌や木櫃(火葬骨や真珠などが入っていました)などの発見に至りました。

墳丘は約4.5メートルの円墳と推定されています。主体部は、木炭槨という、中心部に土坑を掘った上で四周を木炭で覆ったものの中に、墓誌や木櫃などが安置されていました。その上の墓坑全体にも薄く炭を敷き詰め、さらに砂質土を版築状に突き固めてあったそうです。

気になる墓誌には、「左亰四條四坊従四位下勲五等太朝臣安萬侶以癸亥年七月六日卒之 養老七年十二月十五日乙巳」と書かれており、古事記を編纂した太安萬侶本人の墓であることがわかりました。その後、国の史跡に指定されています。

実際に訪れてみると、息が上がるほど急な斜面のお茶畑の中にあり、このような場所に奈良時代の官僚のお墓があったのかと驚かされます。

車を停めるスペースや、公衆トイレも完備されていますので、ぜひ訪れて、奈良時代の墓制に想いを馳せられてはいかがでしょうか。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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