こんにゃくに関する話(その1)

昨日は節分でした。その土地土地で受け継がれてきた風習に乗っ取り、豆まきなど鬼を追い払う儀式を行った方も多いのではないかと思います。
私が住んでいる奈良市のならまちでは、柊鰯(ひいらぎいわし)という、その名の通り柊の枝に焼いたイワシの頭を付けたものを玄関先に取り付け魔除けとするならわしがあります。一方、関西発祥と言われる恵方巻きは、今や全国区の行事となったと報道されていました。節分を巡るさまざまな風習に興味が湧いたので、他にどのようなものがあるのかと調べていたら、“こんにゃくや髪の毛を門口に吊るす”というものがありました。「砂おろし」と言って、節分にこんにゃくを食べて体の中を綺麗にするという地域もあるそうです。

ちょうど数週間前に、長男から「こんにゃくって、誰が食べられるようにしたんだろう。納豆みたいに偶然の産物じゃないよね。生芋のまま食べると猛毒なのを、わざわざ手間暇をかけて灰汁を抜いて煮てやっと食べられるものにした。にもかかわらずというかなんというか、そこまでして作ったのにカロリーはほとんどないなんてさ、どうしてそんなものを生みだしたんだろう」と問われたところでした。

そう言われてみると、現在食べているこんにゃくがどうして生まれたのか、気になってきます。そこで、こんにゃくについて調べ始めました。
今日は、そんな中で知った一事例についてご紹介したいと思います。

昔は生芋を皮ごとすりおろしてこんにゃくを作っていた(製品は黒っぽく、黒い粒が残っていた)。

皮を取り除いて作るようになった(白いこんにゃくの登場)。

「こんにゃくらしくない…」と売り上げが落ちた。

らしさを残した黒いこんにゃくを作るため、海藻類(ひじきなど)を混ぜるようになった。

えっ、今のこんにゃくの黒さって、海藻類の色だったの!!
思わず、購入したこんにゃくの原材料をチェックしてしまいました。

おお、海藻粉って書いてある……!!

こんにゃくの皮は取り除いた方が美味しい、けれどもそれでは「らしさ」が失われて一般に受け入れられない。ではどうするか。よし、味に影響が少ない海藻類で色を付けよう!という流れでしょうか。

代替物で色を残すということについて、痕跡器官と捉えていいのかどうなのかと思っているのですが(この現象を説明するのに適切な言葉があればぜひ教えてください)、とても興味深い変化です。

こんにゃくの歴史、面白くなってきました。
明日は、食べられるこんにゃくがどのように生まれたのかについて考えてみたいと思います。







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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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