こんにゃくに関する話(その2)

どれだけ頑張って作ってもカロリーは限りなく低いこんにゃく。

一体どんな経緯で世に誕生したのでしょうか。

こんにゃくの歴史についてまとめている方がいらっしゃったのでご紹介します。
小松哲也 2002「中国食文化の研究—こんにゃくの歴史—」

この論文を読むと、基原植物・製法、中国や日本に残る文献に記載されているこんにゃくに関する記述を知ることができます。また、「蒟蒻」という文字が意味する植物に混乱と変遷があることを指摘されています。

特にその初源として注目されるのが、

(…その根を蒻頭という。大きなものは頭のようだ。肉質は真っ白である。灰汁で煮ると凝固し、酢にあえて食べる。四川の人は珍重する。…)

李善注『文選』(7世紀末):巻4蜀都賦[3](カッコ内は李善の注)。

という箇所です。

少なくとも、7世紀末の四川の人は、灰汁で煮ると食べられるようになるということを知っていたのですね。

上記論文に引用されている幾つかの文献には、生芋を生食すると喉を刺激し血を吐くと書いてあります。そんなものでもなんとかして食べられるものにしようと挑戦した先人の執念には、驚きを感じずにはいられません。
少し調べると、日本には、東アジアから仏教とともに精進料理として伝わってきたという説や、すでに縄文時代にはこんにゃく芋は伝わっていたという説もありました。

私「というわけでね、最近つらつら考えているの。こんにゃく誕生の背景には、どんなストーリーがあったのかって」

友人「それはね、こうよ。……あるお寺に、厳しくて意地悪なお坊さんがいました」

私「うん」

友人「そのお坊さんは、弟子たちを集め、こんにゃく芋を見せて言いました。「これは、生で食べると血を吐くほどの猛毒を持った植物じゃ。さて、そこでじゃ。お前たち、これを食べられるようにして持ってこい」

私「えー!」

友人「これよ。これに違いない」

私「それは修行の一環なの?」

友人「そうよ。高僧の指示だから、弟子たちは必死で食べられるようにする方法を探して探して探して、出来上がったのが今のこんにゃく」

私「灰汁で煮ると食べられるようになるって気付くまでに、どれだけ犠牲が出たんだろう……」

友人「泣くね」

私「こんにゃく、大事に食べなきゃね」

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考古学の手法は、科学的な手順を踏んで過去の歴史に迫ろうとしますが、それだけでは明らかにできない仮説について、自由に想像を膨らますのは楽しい時間です。

仮に友人の説が正しかったとした場合、どのような証拠を集めればそれが立証できるのかを考えるのも面白いと思った一件でした。

今はダイエットを助ける食材としても、整腸を促す食材としても重宝されているこんにゃく。
生み出した先人への尊敬の念は増すばかりです。

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金田あおい

金田あおい

代表・デザイナー時代意匠考案 藍寧舎
大学・大学院で考古学を学んだのち、考古学や歴史学が持つ肯定的な側面に焦点を当てたデザインをしたいと専門学校へ。現在は、デザイン製作・ワークショップ・トークイベントなどをおこなう、時代意匠考案 藍寧舎(らんねいしゃ)として活動しています。

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